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大阪地方裁判所 昭和50年(む)429号 決定 1975年9月25日

主文

大阪地方検察庁検察官は、昭和五〇年七月一日大阪府浪速警察署司法警察員が申立人から任意提出を受け領置した約束手形(株式会社洋服ストアーマルトミ代表取締役富田守振出、額面金額五五四三七〇〇円)一通(昭和五〇年領第四二四五号の一)を、申立人に還付しなければならない。

理由

本件準抗告の申立の趣旨、理由は別紙準抗告申立書写しのとおりであり、一件記録、取寄せにかかる捜査記録によれば、右準抗告申立書記載のとおり、捜査機関に対し、本件還付請求目的物件の任意提出があり、領置の手続がとられ、後還付請求が行われ、事実上これが拒否されていることが認められる。

よって案ずるに、証拠物件の押収を継続するには、これによって遂げられる犯罪捜査または公訴維持の目的と返還を受け得ないことによって蒙る受還付権者の損害の程度の比較衡量により、留置を是とすべき客観的合理的理由が見出される場合でなければならないと考えられるところ、前掲捜査記録によれば、本件還付請求の目的物件は、告訴に基づき捜査が開始され、横領ないし詐欺の被疑者として捜査機関の取調を受けることになった右請求人(本件準抗告申立人)が任意に提出し、捜査機関において領置手続を経た物とされる手形であり、いわゆる証拠物たる書面として、その内容のみならず、その存在自体が証拠価値を有するものであるが、今日においては複写技術の進歩によりその内容形状を克明に写し取ることが可能であること、右領置の経過が明らかであるばかりか、関係人間における右手形の授受自体についてはその存否に疑いをさしはさむ余地がない程度に捜査がつくされていること等を勘案すれば、現段階において、右押収を継続する必要性はそれほど大きくないのに対し、本手形は、満期が到来し、権利者において債務者にこれを呈示して支払を受けうる状態にあるにかかわらず、その返還がないときは右権利行使が妨げられ、かくては、変転極まりない現社会経済状況のもとにあってはとりわけ、右権利者に多大の損害を与えるであろうことは容易に予想されるところであるから、正当な権利者から還付請求があれば、これに応ずべきが相当であると言わねばならない。

ところで、本件手形が物であることが明白であれば、もとよりこれは刑事訴訟法二二二条、一二四条により被害者に還付すべきもので、被疑者の立場にある本件還付請求人に対する返還は問題とならないこと言うまでもないが、前掲捜査記録によれば、被疑者にかかる犯罪の嫌疑の存在については、これを肯認せざるを得ないけれども、なお捜査の進展に伴い、右嫌疑にどのような消長をきたすか予測しがたいものがあり、そのことはとりもなおさず、本件手形の物性を断定しえないことを意味するから、現段階における還付の処理は刑事訴訟法二二二条、一二三条によるのが相当である。

そして、右還付は、原則として被押収者(任意提出者)になされるべきところ、本件手形は、その所有権その他これに対抗しうる占有権原の帰属等につき未だ明らかといえず、右原則に従うに妨げとなる特別の事情はないから、その所持人、差出人である請求人(本件準抗告申立人)の求めに応じ、これを還付するのが妥当である。もっとも、本件手形の任意提出に際し、請求人は「毎日産業(株)との話し合いがつけばかえしてください」との処分意見をつけてこれを捜査機関に差出していることが認められ、その意図は必ずしも明らかでないけれども、返してもらいたい意思は明白に表明してあり、話し合いがつかなければいつまで領置されようと、つまり時の経過により右手形が事実上無価値となってもかまわぬ趣旨であるとはとうてい解し難く、むしろ右提出時期が昭和五〇年七月一日であることを勘案すると、右手形の満期日である同年九月二三日までには本被疑事件の捜査の結着がつくことを暗黙の前提とした文言と解するのが妥当であるから、右文言をもって右原則を排する特別の事情ありと言うことはできない。

なお、前掲捜査記録によれば、本件還付請求目的物件は、昭和五〇年九月一九日付で事件とともに大阪地方検察庁検察官に送付され、現在その所管のもとにあることが認められる。

以上の結果、本件準抗告申立は理由があるから、主文のとおり決定する。

(裁判官 東修三)

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